2011年3月12日土曜日

コンクリートの公園

散歩していて
ベンチを見つけて
休憩がてらと
歩み寄った

そこには
公園と書いてあった
コンクリートの地面で
遊具もなく
鬼ごっこできる広さもない

看板が立っていた
ボール遊びはしないようにと
小さな子供の遊び場だからと
その看板は
公園を公園たらしめようと
唯一抵抗しているものだった

周りの小さな芝生には
柵がぐるりと張り巡らされ
入らぬようにと書いてある

私は立ち去った
人のいないその公園から
遊び場と書かれた
舗装された公園から

私は舗装された道を
赴くままに歩いた
聞こえないわらべうたを
子供たちの元気な声を
心だけでききながら

2011年3月11日金曜日

人生で二度目の震度6以上の地震

タイトルのものが本日15時前後にありました。

達哉ん及びその周囲の人は無事です。
特に物的損害もありませんでした。

被害の大きい地域が心配です。

卒業への万年筆(3)〜シリーズ・新ステージへの万年筆〜

卒業では、遺産を相続する、と前々回書きました。別の言い方をすると、伝統を相続する、習慣を相続する、とも言えるのではないかと思います。自分が卒業する場所で学んできた、良き伝統の心を、良き習慣をずっと受け継いでいくというのが、卒業する際に学んできたことの表れではないかと思います。

伝統、形なきものをこそ。このタイトルがついた文を読んだのは、7年も前のことです。その大筋は今でも覚えています。伝統は技術の継承(だけ)ではなく、心がけを始めとした、心のレベルでの継承なのである、ということでした。形だけの伝統行事ではなく、心ある伝統をすることが出来ればよい、と書かれたその先生の言葉は、今でも自分の生活の中で、時折響いてきます。

そんな、伝統の継承を英訳すると、次の万年筆に行き着きます。
(こちらの写真はpen and message(https://www.p-n-m.net/contents/products/FP0224.html)より転載させていただきました。)


カスタムヘリテイジ91です。


カスタムシリーズはパイロットの主力シリーズであり、日本の文字を書くには非常に良い万年筆の一つです。私もこのシリーズの万年筆を愛用しています。日本のcustomである「日本の文字を書く」ということを継承するこの万年筆は、自らの中に流れる習慣を継承していく象徴的なものとして、同時に、書き味の良い実用的な万年筆として、その人を支えていくのではないかと思うのです。


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次回は3月14日、創業への万年筆というタイトルでお送りします。


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第1回:卒業への万年筆(1) シェーファー レガシーヘリテージ

第2回:卒業への万年筆(2) パーカー ソネット

心のガン

様々なストーリーに不治の病として出てくるガン。場合によっては、ホスピスなどの難しい選択も迫られるでしょうし、安楽死・尊厳死といった話にもなるでしょう。ガンにかかった部位が現代では救えない状態となるから、生きるに耐えない状態となるから、命尽きてしまう。

ガンに限らず、人は体の部位のどこかが生きるに耐えない状態となってしまえば、亡くなってしまいます。医療は、それら「生きるに耐えない状態」をできうる限りの方法で生きるに耐える状態に戻すものだと思います。

私は、心にもそんな状態があっておかしくないと思っています。鬱病を心の風邪や心の骨折と呼ぶ人もいて、それのさらにさらに発展したものに、心のガンとでも呼ぶべきものがあるのではないかと思います。

死は体の機能の問題であり、心の機能の問題ではないから、心がたとえ複雑骨折して生きられない状態となっていても、体は動かせるかもしれません。傍目には普通に生きているように見えるし、安楽死・尊厳死なんて言葉も出てくるはずがない。

心に重い病気を抱えた人が、自殺する。精神科云々の診断はわからないけれど、当人の心の病気は、当人の心を、もう生きられないと、安楽死したいと思わせるまでに蝕んでいたといえるのではないでしょうか。

自殺は悪いことかと問われたとき、私は一概にはそういえないと思います。心のガンがあまりにも進行していたら、これ以上の苦しみを体験しなくてもいいのではないかと考えます。歓迎すべきことではありませんし、周囲も、社会制度レベルでも、心の病を治療できるのが一番です。けれども、それらが及ばなかった結果としての自殺なら、私は、安楽死と同じ意味を持つのではないかと思っています。いや、もしかすると、安楽死ではなく、体のガンが命を奪うように、心のガンが命を奪ったと言ってもいいのかもしれません。

自殺は悪いことだという意見もあります。心のガンにかかったときでも自殺は悪いと言えるのでしょうか。心のガンの悪化による死が自殺なのではないか、それなら、体のガンによる死と同様、悪いとばかりは言っていられないのではないか。

心のガンが末期に至ると、そこからの治療は大変だと思います。早期発見と、そこからの治癒が大切だと思います。そんなメンタルヘルスを、軽視する人もいるけれども、私は・・・軽視すべきではないと思います。

2011年3月10日木曜日

理系大学生になる人へ ~数学ガールを読んでみよう~

シリーズ4巻の数学ガールは、その第1巻が2008年だったか、数学セミナーで話題になった名著です。

以下、達哉ん(T)と友人(A)の会話から…
A:達哉ん、その本面白い?
T:そうやね、バーゼル問題とかマクローリン展開とかが入門的に書かれとるよ。母関数とかも分かりやすいし。
A:母関数?聞いたことないなぁ。
T:あれ、数理統計学の授業で「積率母関数」って出んかった?
A:同じ物?
T:せやで、積率を数列と考えたら、数列の母関数・・・生成関数とも言うねんけど、積率母関数は同じものと言えるで。
A:でも、積率以外の母関数なんか何に使うん?
T:例えばベッセル関数の母関数なんて便利やん?


と、なかなか面倒な母関数まで書かれた1巻、整数論中心の2巻、論理学の学習にもなる3巻、基本的なアルゴリズムについて入門された4巻、いずれもサラリと読める好著です。

「遺されしパスワード」はどうなるのか

自分が急死したらどうなるか、という想像を少なからずしてしまいます。未来の想像より、よほどやりやすい想像です。死にたいと思っているわけでなくても、ついつい、自分が今死んだらどうなるか、を考えます。次の一瞬に生きていることは100%ではなく、確率の極めて高い偶然に過ぎないからです。私たちは生物ですから、次の瞬間どうなっているかはわからないのです。

その想像の際によく引っかかるのは、電子機器のパスワードです。私のパソコンは当然パスワード保護されていて、メールもパスワード保護されています。また、携帯電話もそうです。しかし、本人以外はそれらのパスワード保護を破らなければ解約できない様なものがあったとき、果たして遺族はどうするのだろうか、と思います。

例えば毎月課金されるサービス。パソコンメールで登録している場合は、そのメールアカウントにアクセスする必要があります。しかし、そのメールアカウントを削除したり、アクセスしたりするのにはパスワードが必要です。どうしたものでしょう。
このブログ。私は生存証明として書いていますから、更新がずっとなければ死んでいると分かります(と言っても、ここを見てくれている同年代の友人は少ないようですが)。ですが、このブログはずっと残るのでしょうか。消えることはないのでしょうか。管理する人がいないまま放置されるのでしょうか。

死んだ場合は、葬式などがあるでしょう。その連絡はどうしましょうか。私の場合、紙の住所録と携帯の電話帳の二つを合算すればほとんどの交友関係は見つけられますが、パスワードがわからなければ後者は見られない。後者だけというのは同年代の友人が多いですから、同年代の友人の多くは葬式があることすらわからない。私が死んだことは、葬式などが一通り終わったあとで、例えばこのブログを見ている人ならブログでわかるでしょうが、そうでない人は、もはや見も知らぬひとりが死んだ能と同じく、死んだことすらわからずに、私という存在の記憶を消していくのでしょう。

様々な電子機器が用いられる現代、急死した時の各種パスワードは、どうするのでしょうか。もはや操作されることない各種機器、ハッキングしようにも単純ではないのでは。

そんな時にどうするのか、自分の想像から、いつも気になっているところです。

2011年3月9日水曜日

新生活はUbuntu Linuxで! ~第3回・OSを変える/追加するとは~

OSというのは基本ソフトウェアと呼ばれるソフトウェアで、単純にいえばパソコンのシステム部分を司るソフト群です。


一般に最も使われるOSとしてWindowsがあり、Mac,Linux,BSD,Tron,Soralisなどもありますが、これらを使うためには、大きく分けて次の3種類の方法があります。


1.余っているパソコンなどを専用機として使う
2.マルチブートにより一つのパソコンの起動時にOSを選ぶようにする
3.現在使用しているOSに仮想マシンとして追加する


OSを変えるというのは1に、追加するというのは2,3に当てはまります。


1はパソコンが必要ですが、専用機になるので使い分けは便利だと思います。ただし、資源は結構なものが必要です。切替器などがあったほうが便利かもしれません。


2は一つのパソコンを使い回せますが、切り替えのためには一々再起動する必要があります。一度に使わなくていいならば楽ですが、一度に使う場合はおすすめできません。


3は一度に使える上にパソコンも一台で足りますが、大きくメモリを食います。どんなに悪くとも2GBはないと苦しいのではないでしょうか。CPUもそれなりに早くないとストレスばかりがたまります。


下のほうがお試し向けですので、Ubuntuがどんな感じかを2,3の方法で試してみるのもいいかもしれません。
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次回は3/12、副題「Ubuntuのインストール(専用PC編)」といたしまして、Ubuntu専用機を作る方法を紹介します。