2011年6月19日日曜日

夢が願望を表すのなら

先日、不思議な夢を見ました。サッカー部に入っている後輩とかけをして、負けたらサッカー部に入部するように、という夢です。冷静に考えれば勝てるであろうかけですが、私は負けやすい方にかけ、そして負けた、というところで目が覚めたのです。

その夢で克明に覚えているのは、私はわざと負けやすい方に賭けた、ということです。そして、その夢が願望を表しているのなら、私はやはりサッカー部に入ってサッカーをやりたいと思っているのでしょう。そして、それは決して自覚していない気持ちではなく、寧ろ明白に気づいている気持ちでもあります。

でも、私はサッカーを始めてもそれを続ける根性がない。それは食わず嫌いではなくて、実証されているから、尚更情けない。自分に、もう少し、体を動かすということに対する根性があり、体を動かすのが嫌いでなければいいのにと思います。

そしてもうひとつ、私はいくら気にしないと言っても、周囲からの目を気にしてしまう。気にしなければもう少し楽に再入部できたのかも知れませんが、気にしてしまうから私はどうも再入部しづらいことになってしまっています。

今の環境で、再度スポーツをやり直すのは自分の気持ではムリだと思います。だから、もう一度環境が変わるとき、なにかスポーツをしてみてもいいかな、と思います。でも、その前に私がスポーツをやる気にならなければならないと思います。

一週間に一度ならず、私はサッカー部に戻ってみたいと思うことがあります。鉄面皮に戻ることができないだろうか、とも思いますし、誰かから誘われはしないか、と思うこともあります。結局私は、今の自分を打破することができないのです。そしてそれが夢にまで現れている。

自分が自分を打破出来ればいいのに。
打破する力がない自分が情けないし、打破しようとするのにきっかけを求めてしまう自分が情けないのです。
夢にまで見るのなら、いっそ勇気を出して行動出来れば…そう思うのに、自分では動かない、情けない自分がいます。

2 件のコメント:

つきみそう さんのコメント...

 何が難しいといって、周囲の目を気にする
自分をなんとかする、というのが一番
難しいのではないでしょうか。

 先日、六甲アイランドの鞄屋さんで
萬年筆愛好家にはかっこいい男性がほ
とんどいないという話が出て、おしゃ
れに金をかけずに萬年筆にかけてるん
でしょ、なんて言われたのですが、私
の場合は違いますと答えました。

 私は、何を着ても「似合う」という
ことが絶対にないので、安くて地味な
もの、というのを服選びの基準にして
います。価格が安いだけではなくて、
作りもいい加減なものを敢えて選んで
いるのは、自分にはしっかりと作られ
た衣服を着る資格なんてないと思って
いるからです。おしゃれに関心を持ち
気を遣っている人に申し訳ないという
思いもあります。

 で、つまるところそれは、あいつ、
似合いもしないのに服に金かけてる、
バカみたいだね、と言われたら嫌だ
という、つまらない自尊心なのだと
思うのです。そういうしょうもない
殻を破ることが出来るのは、今しか
ないと思いますよ。歳とったらます
ます難しいのじゃないでしょうか。

達哉ん さんのコメント...

>つきみそう 様
ありがとうございます。
今でもものすごく難しいのに、これ以上難しくなるなんて…。諦めたほうがいいのかも、という気がします。