2011年5月5日木曜日

私とエドソン アドバイス

エドソンをほしいと思っていた私は、Pen and messageである日、自分の目標がエドソンであるということを話しました。その時いらした人々、今でも覚えていますが、このようにアドバイスをくださいました。

「いろいろなペンを買っていって段階的に買っていくよりも、その一本をやっとの思いで一気に買ったときの感動は何より嬉しいだろう」

確かに私は、他のどのペンよりもエドソンに惹かれていましたし、今でもエドソンをずっと使っています(当たり前)。その頃、それにふさわしい人間に成長するまで買わないと決めていたエドソンでしたが、それを手にしてそれを持つことで逆に其のペンにふさわしい人間になれればと思ったのです。

エドソンの似合う人間など、そう多くはいないでしょう。それになれるかどうかはわかりませんし、なる頃にエドソンがなくなる可能性もあります。それならば、と私はエドソンを自らを高める意味でのペンとして持ちたいと、そのアドバイスを聞いて思ったのです。

どの人に聞いても、きっとエドソンはふさわしくないと言われることでしょう。それでも、それにふさわしくなるように成長していけるなら、私のこの時の決意は意味があるものだと思います。

ふさわしくないという思いでの諦めは結果として人間の成長を妨げると思います。自分にとって敷居が高いものでも、それをそばに置いておくことはモチベーションを始めとして様々な面で自分を引き上げてくれます。高校時代に一般気象学を手元においていたことが、私の学習のモチベーションの一つでした(だから数学と物理をよくやっていたわけですが)。エドソンは生涯に渡るその役目を果たしてくれるペンなのだろうと、私はこのアドバイスを経て
「ふさわしくなってから買おう」
をやめて
「買ってふさわしくなろう」
という思いになったのです。

3 件のコメント:

つきみそう さんのコメント...

 エドソン、手に入れられてすぐに、世界で1本しかないオリヂナルバージョンに仕上げられましたから、愛着もひとしおでしょう。

 ふさわしいかどうかなんて、それこそ歴史が決めるのです。私なんて、自分の1日のスケジュールすら立てられない人なのに、職場の予定全般、来年まで見越して計画する役職に就いて早9年。仕事には慣れましたし、そこそこできるようになってますけれど、いまだに自分自身は無計画の固まりみたいな人のままです。

 あ、私のペンケースにもふさわしくないペン、山のように詰まってます。 

大阪のオバチャン さんのコメント...

ご無沙汰しています。
さすが吉宗さんの店に集う人々、と思わせる素敵な言葉ですね。
一般的にはそれを「恐ろしい」とも言うのかもしれませんが。

それにしても、最初にエドソンに照準を合わせてしまうとは、達哉んさんは本当にお目が高い。
そのセンスに羨望すら感じるほどです。

因みに万年初心者の私は、大好きなシルバーンでもまだまだ相応しくない気がします。

達哉ん さんのコメント...

>つきみそう 様
ありがとうございます。
今はもうオリジナルバージョンではないですよ!
ふさわしいペンなんて言い出すと…、とんでもない話があります。字がうまいわけでもないのにいいペンを持って…という意見です。「弘法筆を選ばず」ですから、結局、うまい人だと何を使ってもいいということになる。それなら、誰にもペンは似合わないではないか、と。

>大阪のオバチャン 様
ありがとうございます。
色々とペンを見ているうちに、「元祖である」ということ、エドソン自体の美しさなどがあって、照準を合わせるようになりました。ある時期、毎日のように万年筆のことをネットで調べていたことが原因です。
今は、万年筆のことを詳細には調べなくなりましたが、それでも知識は増えていきます。当時ほどの楽しみが失せたのは、残念なことです。