2011年2月9日水曜日

二度同じことを教えるカリキュラム

小中学校、あるいは高校の話を聞いていて非常にしばしば感じることとして、なぜ同じことを何度にもわたって教えるのだろうということです。

もっともそれを感じるのは歴史です。小学校6年生で歴史を学び、その記憶新しいまま中学校1年生でまた縄文時代からスタートする。歴史を教えるべきか教えないべきかで言えば、私は教えるべきだという意見ですが、それでも2度も同じことを教えるのは、それも少なくない時間を使って教えるのはあまりよいとは思わないのです。

小学校で歴史を学び、中学校で歴史を再度学ぶ。この時、中学校の歴史では小学校で学んだことなど何も覚えていないような、そんな授業を受けます。でも、「これは小学校で習ったから、もう一度確認してみなさい」とすれば、ずいぶん授業時間数に余裕ができて、他の内容をもっと多くできるようになるのではないかと思います。簡単な例として
「645年に大化の改新というものが起きました。これは中大兄皇子と中臣鎌足が蘇我氏を倒した事件です。」
と小学校で習うのですから
「蘇我氏は政治的に権力が集中する場所にいました。そのため、大化の改新というものが起きたのです。この後、中臣鎌足は後に藤原鎌足となり、平安時代の藤原氏の祖先となるのです。」
と中学校で「大化の改新は既知である」として授業をすればいいように思います。

同じように中学校の数学も同じことをなんども教えています。文字式がその最たる例で
a(x+b)=ax+ab
とするのを1年生で学んだのに、2年生でもまた同じことを習います。さらに、
(x+a)(x+b)=(x+a)x+(x+a)b=x^2+(a+b)x+ab
と、上の式の応用である括弧の展開は3年生です。このために復習で再度学び、結局3度学ぶことになります。

英語もそうで、過去形は中学校1年生の最後で学び、今度はまた、中学校2年生の最初に学びます。助動詞もまとめて学ぶのではなく、中学1年生でcanを学び、2年生になってからwillなどを学ぶという形式です。

中高一貫校では高校の内容まで含めて一貫して教える学校もあるようですが、そもそも小中学校のカリキュラムを一貫させることはできないのでしょうか。同じことを学んでいる時間というのはひどく退屈だったことを覚えています。復習が大切だという意見は否定しませんが、別にそれを学校の授業でやる必要はなく、それこそ長期休暇なり何なりの宿題としてやれば良いのではないでしょうか。

同じことをまとめてやると、その流れがよくわかって頭に入るという人もいます。私の友人たちも、方程式は方程式、恒等式の計算方法は恒等式の計算方法、とまとめてやっていました。高校の物理でも、電磁気学や力学は物理Iと物理IIにまたがっていますが、それらをまとめて学習しました。化学でも、有機化学などをまとめて学習した覚えがあります。私はそうではありませんでしたが、高校の微分積分は、文系の人は数学IIの教科書でやるけれど、理系の人は数学IIの部分は飛ばしてまず数学IIIの極限を学び、そのとき一緒に数学IIの内容も学んだ、という人がいます。集合関連を数学Aの最初でやり、途中でまた論理と集合で同じことを学ぶから、と、先に論理と集合を学んでから個数の処理・確率を学んだ人もいるようです。

一貫している部分は、まとめたほうが良い。高校の物理や化学でそれを実践していておもいました。とりわけ、基本的には一貫して学ぶ義務教育や、数学Aのように同じ範囲、あるいは学校のカリキュラム上理系なら両方を学ぶ、というところでは、同じことを2度教える必要はないと感じます。

土曜日が無くなって、行事などを削り、それでも時間不足という様子だった学校を今でも覚えています。一貫して教えることと、同じことを2度教えるのをなくすことで、ずいぶんと時間にも余裕ができるのではないかと思います。

4 件のコメント:

つきみそう さんのコメント...

 一応専門家(笑)としてコメントしますと、スパイラル、などと言って、同じことを何度も教えることが今後のトレンドになります。

 小学校と中学校の連携がもっとしっかりとれていれば、「無駄に」同じことを教えることはなくなるでしょう。これは現場の課題です。一方のスパイラルは、「わざと」やることです。数学などはその典型で、同じことを繰り返し引っ張り出してくることで定着させる効果を狙うのです。このあたり、数学が出来る人には理解しがたいと思いますが、数学が苦手という子にとっては福音となる可能性があります。

 中高一貫校などで最近採用が増えている数研出版の「体系数学」なんて教科書は、まさに達哉んさんがおっしゃることを具現化した構成になっています。ある水準以上の子ども達を対象とした場合には、こちらの方が効率的かつ効果的だということですね。amazonでも買えますので一度ご覧になってください。

Volcanologue さんのコメント...

同じ事を二度教えるのは,私も嫌いで,退屈で,しかも義務としてそれをやらされているのだから,給料くらいくれてもいいのにと思います.一度で覚えられないのは,能力の問題.足りないものは自助努力で何とかするべきなのです.小学校で大化の改新を教えたらば,中学校では山背大兄王を教えるべきであり,高校の授業では,それに関する書籍について紹介し議論するくらいやってもいいと思っています.幸い,私の高校の世界史は,其の手で,卒業する頃には,まだ中世までいっていませんでしたが.
数学については,私は経年的に教えられるのが個人的な好みです.たとえば,なぜニュートンが偉大なのか,あるいはオイラーを紹介するのか.そして高校なんだから18世紀程度で終わっておけば,楽しい数学の時間になるのではないかと思います.
貴君もご存じのように,物理と数学は(高校では)区分しにくいのだから,これらをまとめて一つの教科でやってしまうのも手かなと思います.

達哉ん さんのコメント...

>つきみそう 様
コメントありがとうございます。
何度も同じ事をやるのは大切だと思うのです。でも、それを本チャンの学校の授業でやるのはどうか?と思うのです。それこそ、教員を増やして、補習授業という形でスパイラルをしていけばいいのに、と思います。2〜3箇所の学校に務めるような非常勤講師を雇い、その先生が、学校Aでは月曜日と水曜日、学校Bでは火曜日と木曜日、学校Cでは金曜日に補習授業をする、とすればいいと思うのです。親に前もって連絡しておいて、部活後にできるようにしてもいいと思います。もちろん任意参加。
体系数学は見たことがありますが、なかなか悪くないスタイルですよね。

達哉ん さんのコメント...

>Volcanologue 様
コメントありがとうございます。
高校の時の担当の先生が「教育課程はできない方できない方ばかりに合わせるからかわいそうな人もいる」と言っていたのを思い出しました。体系を切ってしまうようなときもあるから、教えにくいとその先生はぼやいていました。
決め細やかな教育をできるような体制、制度が必要だと思います。学校の先生が悪い、塾に行かねば話にならないと声高に叫ぶ人たちがいますが、本当のところ、制度が悪いのではないかと。40人1学級でできない方に合わせるってやってると、やっぱり退屈な人も出てくる。
決め細やかに、分断をなくして教えるのは大切だと思います。変わるべきは先生の質などではなく、制度。もっと決め細やかな教育に行くという視点が必要になっていると思います。