2011年6月12日日曜日

邪推

MLに登録するから
アドを教えてと
知己からメール
返信して
確かに送信して

いつまでも返事がこない
そう思って
同じメールを受けた人に
後から聞いてみて
返事来ていると知る

その返事のメールの
登録リストの中に
自分の名はなかった
だからもう一度
メールを送った

他の件もあって
幾つかのアドレスから
その知己に数通の
メールを出した
返事はこない

そうして一月
MLが使われて
でも私は
未だに登録されない
申請は放置されて

聞けば
他の人には
返事がきているらしい
まさか
見てないわけでもあるまいし

ひとり
除け者か
ひとり
入っちゃいけないか
私が何をした

結局私は
嫌われものに過ぎない
カタイからこそ
嫌われものに過ぎない
自分でそんな気はないけれど

嫌うものよ
はっきりと嫌え
明白に嫌え
あからさまに嫌え
鬱陶しいと突き返せ

不安ながら
人と話す
寂しいから
話さずにいられない
そんな私を

幾人が好いて話すか
いや寧ろ
嫌う人が多いのでは
鬱陶しい人が多いのでは
いつもそう思って暮らしている

嫌われるほどに
意見を言って
私は今日も生きていく
だからこそ
好いてくれる人は大切にしたい

世に100人いれば
80人は行きずりで
19人は敵で
味方はたった1人
そう感じる日々を生きる

パラドックスでは
人に心がないという
私はそうは思わない
思わないからいつも
私は嫌われている

2 件のコメント:

つきみそう さんのコメント...

 なんていうか、切ないですね。

 朝、妻の声で目覚めると、その声は
子供たちを叱りつける声です。その
中身は、そのまま、私に向けられた
ものといってもよいもの。小さい頃
から、父母には一度ずつ褒められた
ことがあるだけ。祖父母にも、顔を
合わせるたびに叱責されたり失望の
目を向けられたりしていました。

 親戚が集まっていたときのこと、
誰かが「やってみぃ」というので、
いや、僕はそれが苦手で、と答える
と、アンタはすべて苦手やろ、特に
それだけっちゅうことないやろ、と
いわれて親戚全員の笑いもの。その
一件を悔しがる両親に心底申し訳
ないと思い、これは死んでしまう
よりほかにない、と思ったことも
ありましたが、意気地無しの私に
そんなことができるはずもなく、
この歳までズルズルと生きてます。

 MLの件、気分悪いですね。それ
以前い、哀しいですね。自分のこと
だけでなく、この世が哀しい。そう
かんじられてるんではないか、と
勝手に思っています。

 ま、そういう卑しいことをする輩
はこの世が続く限りなくならないし、
そいつ自身がとっても哀しいんだろう
と思ってあげるしかありません。

 顔を上げてしっかり生きていれば、
これ書いているおっさんみたいになる
ことだけは避けられるでしょう。

 あなたの反面教師から。

達哉ん さんのコメント...

>つきみそう 様
お久しぶりです。コメントありがとうございます。
顔を上げてしっかり生きるということが大切なのだ、ということ、ありがたいとおもいます。自分のことを嫌だと思っている人だっているのだから、それをいちいち気にしていてはやっていられませんものね。

尊敬する先生に