2011年4月9日土曜日

これはマズイ:「科学パズル第2集」P98

いつもどおり古本屋で本を探していたときに、光文社文庫の「科学パズル」の第2集を見つけました。第1集は読んだことがあったので、楽しめるかと思って(100円でしたし)購入しました。それで読んでいったときに、ずいぶん恥ずかしい誤りがあったので、ここでは(一般的な誤りの訂正の意も込めて)、その説明をしてみようと思います。珍しく物理(気象学)の話です。


問題となった本はこちらです。このP97-98の問33「水の入ったびんからなるべく早く水を外に出してびんを空にするにはどうすればよいか」というものです。

解答は正しいと思いますが、解説に誤りがあります。スマートに指摘するならば、この解説は遠心力とコリオリ力を混同しています。著者はあまり物理や気象学に明るくないのかもしれません。

では、問題箇所の指摘と訂正をしてみます。まず引用。

---以下引用(上記「科学パズル」P98より)---
「風呂の底の栓を抜いたとき、流れ出る水はやがて穴を中心に回転し始める。その回転方向は台風の吹き込むのと同じ方向で、上から見て時計の針の動きとは逆方向である。これは地球の自転からくるものだから、南半球では逆回転する」という話をよく聞くが、実験してみてもどうもうまくいかない。我が家では右にも左にも回るようだ。多分風呂の水は静かなようで実は動いていて、(水を入れるときの、あるいは人が入って湯を混ぜた時の動きなどが残っていて)それが、流れ出る時の水の回転方向として現れるのではなかろうか。それにしても、なかなかうまい説明はできそうもない。
むしろ、静かな部屋に置いたタバコから立ち上る煙のねじれ方の方が、話が合いそうな気がする。南半球へ言ったら、逆転することを確かめてみたい。
---以上引用---

はっきり言って滅茶苦茶です。当時はまだコリオリ力が一般的でなかったのか、と思って、気象力学の世界的名著Holton "An Introduction to Dynamic Meteorology"の第2版を調べてみました(Holton第2版はここで問題にしている書籍より約10年早い出版で、現在は第4版です)。なんの苦労もなく、別に後ろでもなく、13ページという非常に早い段階で見つけることができました。同じ知識は日本の名著「一般気象学」にも載っており、科学パズルの著者である田中実・芦ケ原伸之両氏がこの分野をほとんど知らないまま書いたのではないかと疑います。

まず、風呂の底の栓に関する議論ですが、風呂の底の栓を抜いたときに水が回転するのはコリオリ力によるものではありません。コリオリ力は水の流速に比例しますが、比例定数は非常に小さいので、実際の効果として効いてきません。風呂場の水の速度は普通毎秒1m以下ですが、仮に毎秒1mとしても、0.000015m/s^2となり、これは重力の0.00000153倍程度です。実際は1秒に50cmも動いていない可能性もありますから、重力の100万分の1です。重力の100万分の1の力が目に見えるほどの渦を引き起こすのはどう考えても変です。
浴槽の壁(底も)付近には境界層というものがあり、急激な速度の変化があります。壁から0.1mmのところと、1mmのところと、1cmのところの水の速度を実際に測ると、大きな変化が見られるはずです。これによる粘性抵抗が回転・渦の生成の役目を負っていると考えるほうが、力のオーダーを考えても自然なものとなります。この時、風呂の内部には水以外の微粒子が浮いているはずですから(髪の毛など)、これらの分布によって渦の方向が変わるはずです。

以上から、上の「説明がうまくいかない」のは当たり前で、この「風呂の水が…」の噂そのものが間違っているというのが解説の前半の突っ込みどころです。なお、風呂の水が動いていて…というのは考えられる話ですが、目に見えない動きが見えるほどに大きくなるには、やはり何らかの力(ここでは粘性抵抗など)がなければ難しいのではないでしょうか。動いていて渦が起こるかどうかというのは、かき混ぜ棒で混ぜて渦を起こしたり、波を起こしたりしてから栓を外せば明らかです。

「静かな部屋に置いたタバコから立ち上る煙のねじれ方」も同様で
1.空気がよく静止しているならばまっすぐ登る(風がなければ煙突の煙はまっすぐ登るのと同じ事)
2.空気が動いているならばその影響を受ける
のは確かですが、コリオリ力が渦を起こすというのはスケールからしておかしな話です。

では台風の渦が巻くのは?と考える方がいるかもしれませんが、こちらは運動方程式のスケールアナリシスをするとわかるのですが、コリオリ力のせいで、向きが決まっています。

私は流体力学や気象力学に強いわけではありませんが、それでもこの解説はあまりにも滅茶苦茶だったので書かせてもらいました。まぁ、教授などのエライ人が間違えないわけではない、ということで。

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