2010年9月1日水曜日

筆圧偏重教育を考える

今日から(多数の認識としては)新学期。ですので、私も教育の話を書かせていただきます。

現在万年筆好きの一人としてアチラコチラで活動している自分ですが、小中学校の時は書くのが大嫌いでした。メモを書くのすら面倒だと思っていたような記憶があります。嫌いな時間(の一つ)は書写の時間、嫌いな宿題は書き取り、習字を幼稚園に入る前から習っていましたがその習字も真面目に行ったとは到底言えず…、とどこをどうすれば万年筆好きになるのかわからないような人間でした。そのおかげか、今でも悪筆で、しかもそれを直す気はないという呆れた状態です。友人が「達哉んは文の内容の美しさに重点を置き、俺は字の美しさに重点を置く」と言っていましたが、まさしくそのとおりです(無論そういう彼の字は美しい楷書です)。

じゃあそんな字の汚い奴が書写に関することを書くのはどうなんだ、と言われそうなのですが、一応裏付けがあるので書かせてもらっても大丈夫かと思って書きます。

小学校の頃、私の担任だった先生に「字がきたないのは普通手の力の入れどころがわからないからなのだけど、あなたは手の力自体がないのではないか」と言われました。ここで「字がきたない」を「不器用」に変えたことも言われた覚えがありますが、ともあれ、筆圧がなければ美しい字は書けない、というのがその先生の意見だったようです。そして、小学校でのシャーペン禁止は昔から言われておりますが、これは筆圧が下がるためであると実しやかに囁かれています。

あらゆる人に「筆圧がなければ綺麗な字は書けない」というような認識を与える教育を、私は「筆圧偏重教育」とよんでいますが、これは誤りです。筆圧がある程度高いほうがいいところもあるでしょうが、なければ美しい字は書けないというのは絶対に誤りです。
ひとつには、私の字が「判読不能」から「判読可能」になったのは、筆圧が下がったのとほぼ同じ時期である、というのがあります。万年筆を使い出し、筆圧が下がっていって、字がましになったとかなり多くの人に言われました。さらに、永という字はレタリングなどで字画の多くが入っている基本としてよく知られていますが、私がペンを購入した記念の第1字に書く永を、習字の先生に書いてもらった字ではないかと疑ってかかった人までいました。もちろん、低筆圧です。
逆に、最近は筆圧が下がっていて、濃い字を書くのに苦労するときがあります。濃く書く為に柔らかい芯が欲しいと思う時の方が多いです。濃く美しく書くのは苦手で、ボールペンですら筆圧を欠けていることを意識しています。重量級のペンで重さに任せて書くほうが綺麗な字が書けるほどです。

このように、筆圧をかければ筆圧があれば綺麗な字が書けるというのが必ず成り立つわけではありません。筆圧を書けたときに書けるのは濃い字です。現在の小学校で行われている筆圧偏重教育はそのことを認識していないと思います。そもそも筆圧を無理矢理に上げる必要があるのか、というのが正直な意見です。3B,4Bと柔らかい鉛筆はあるのだから、それらを使えば濃い字は書けるではないか、ボールペンを使うならシャープペンと筆圧は同じぐらいで事足りるだろう、と思います。それなのに筆圧を…という理由でシャープペンを禁ずる筆圧偏重教育は色々な教育問題の中で改善されていく気配がありません。

筆圧をつけることに偏った教育は問題です。これからの社会において、筆記をどう扱うか、それは小学校教育に端を発するのではないでしょうか。決して達筆ではない私ですが、どうしても我慢ならずに書いてみました。

2 件のコメント:

つきみそう さんのコメント...

 小学校でのシャープペンシル禁止は、教師という種族の習性によるところが大きい、というのが日頃の主張です。教師は研究不熱心で保守的なので、自分の知らないものは認めようとしないのです。もうすぐ、そういう教師も絶滅してゆくでしょう。

 筆圧をつける、というより、なんというのでしょうか、メリハリをつける、ということが目的なのではないか、と思います。そんなもの低筆圧で書いた方が楽に決まってますし、長い目で見たら楽な方が長続きするのです。

 達哉んさんに筆圧がないとおっしゃった先生は、とめ、はねなどで、ぐっとやらねばいけないときがある、ということを言いたかったのではないでしょうかね。

 適度な筆圧は必要ですが、私など絶望的に字が下手な者は、不必要に力が入りすぎているように思います。だからこそ、低筆圧でかける萬年筆がいいんですよね。

達哉ん さんのコメント...

>つきみそう さん
いつもありがとうございます。保守的だからシャーペン禁止、というのは説得力があるように思います。ただ、Publicに説明されているのはたいてい筆圧を理由としていますので、「それは理由になっていない」ということを書いてみた次第です。
とめ・はねは確かにきちんと力を入れる必要がありますが、それでも「筆圧がなくてとめはねができない」となると、それは手の筋力が相当衰えているように思います。小学校の段階でそれだと今ペンすら持てない、キーボードすら叩けない(^^;
少なくとも、私は毛筆の際に力を入れて書いていました。筆圧がないのではなくとめはねをそもそも覚えてないから悪筆なのですが、どうも問題認識を筆圧に持って行こうとするその姿勢が問題だ、と思いました。

まさしく「ボールペンを使うならシャープペンと筆圧は同じぐらいで事足りるだろう」で、万年筆を使うならばそれよりも低筆圧となりますが、筆記して読んでもらえる程度の筆圧があればよいのではないか、と思っています。