2010年6月2日水曜日

闘う君の歌を闘わないものが嘲うだろう

タイトルは中島みゆきさんの「ファイト!」の一節。先日書いた内容に、もう少し書きくわえたいと思っての次第です。

私は馬鹿正直などといわれることがあり、正論を吐いて損をするような、そんな感じの人間です。自分より立場が上にある人でも、それが間違っていると思えば躊躇なく指摘するような、上の側からすれば生意気な人間です。

それゆえ、自分が間違っていないという確信があって、相手は間違っているとわかっていてもそれを続けたいという、そんな気持ちがあるときに闘いが生じます。そうして「闘う」私と、目上の人が言うからと我慢して従っていた人たちの間には、やはりタイトルのような、嘲いがあったのではないかと思います。

そんな闘いがあったのが少し前。今、色々な人から、その闘いの結果として自分の結論が受け入れられたことへの感謝の言葉を聞きます。自分にとって色々と弊害があって、辛くて、果てには死にたいとまで思った、そんな闘いだったけれども、それでも、闘わない者が嘲っているのに、ひと泡吹かせられたのではないだろうか、と思います。

闘う私のことを、闘わない者は嘲いました。ですが、結論として、それを嘲ったものは逆にその闘いが終わった後に、決して尊敬されるべき人間になることはないのだと痛感しました

2 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

はじめまして。マサといいます。
フエンテやペンアンドメッセージの来店ノートなどで達哉さんのことを拝見しております。
いろんな文章を読むなかで正義感というか、そういうものを感じますし、あなたの闘う姿勢には尊敬の念さえいだきます。
ぜひ、これから仲良くなれたらなと思います。
よろしくお願いします。

達哉ん さんのコメント...

マサ さま
コメントありがとうございます。
私は正義感が強い人間とよく言われるのですが、それは決して正義感が強いわけではなく、「自分が悪いことをしてきた過去」があるから、その悪いことを他人に繰り返してほしくない、という気持ちを持っていて、それが結果として正義感のように思えるのかもしれません。

また万年筆関連の会合でお会いできれば素敵ですね(たとえば、8月のWagner関西大会には参加予定です)。よろしくお願いいたします。