2011年7月5日火曜日

私とエドソン 墜落

エドソンを買った次の日に、それは起こります。

私は、誤ってエドソンを落としてしまったのです。あまりにも嬉しかったから、逆にずっと外に出しすぎたのでしょう。エドソンを買ってから24時間ほどしか立たないことの出来事でした。そして、キャップにはクランクができてしまいました。

その日、もう一度pen and messageに行くつもりでしたので、予定通り行きましたが、やはり大変に悲しかったです。いろいろな人が励ましてくれ、また、ネタにもされましたが、実に悲しかった。今、エドソンのキャップはクランクがなくなりましたが、その当時は本当に悔しかったものです。

宝石をはめたら、などといろいろなことを言われたエドソンでしたが、私はそのエドソンを凹んだまま、しばらく使い続けることになります。それは、今でも、いろいろな人がネタにするほどの話です。

このヘコミがもしかしたら契機だったのかも知れませんが、私はそれからだんだんと辛い時期を迎えます。ほとんど常に落ち込み、塞ぎこみ、人生で一番辛い時期を過ごしたと言い切れる時期に突入します。それを暗示していたのがこのエドソンの墜落ではないか、と、今になって思うのです。でも、その時はそんなことを思いませんでした。

エドソンのヘコミから始まる人生の冬は、私を人間的に変えていると思います。しかもその多くはマイナスの方向へと。偏狭に、頑迷に、私はこれほど老けこんだと感じた時期を経験しなかった。今、友人や後輩を見て、あるいは先輩を見ても自分より若く見えてしまうのは、この時期のあまりにひどい経験があるからなのかも知れません。

凹んだエドソンに自分も凹みながら、私はそのエドソンを使い続けました。

2 件のコメント:

つきみそう さんのコメント...

 エドソンのキャップがへこんでいるのを見て、一番喜んでネタにしていた人です。

 落ち込んだことで老け込む。偏狭で頑迷になる。よくないですよ。あなたの半面教師の私を見なさい。偏狭で頑迷です。いけませんね。

 先日ある人が、何も似合わないから地味で安い物を無理矢理選んで着ている、という話を聞いて、こうしたらいいのですよと一生懸命にアドヴァイスしてくださいましたが、感謝しつつも、いや、それやっても何も似合うものなんて無いんですよ、と言ってました。こういうのがダメなんですよね。

 自分はこうありたい、という姿と自分の現状とがかけ離れているとき、何とかしようと努力する人と、どうせ無理だと諦める人、私のようにまったく反対の方に突き進む人などさまざまですが、「悪あがき」と言われようとも、こうありたいと願う方向に向けて努力するのがいいんじゃないかと、それが出来ない私は思います。

 エドソンのキャップ、今は石が嵌まらなくなってしまってるんですね。残念です(まだ言うか!)

達哉ん/Tatuyan さんのコメント...

>つきみそう 様
ありがとうございます。
ええ、エドソンのキャップに宝石ははまりませんよ…・。

ずいぶんしんどい日々でしたが、今はだいぶましになりました。この連載は8月末まで続けるつもりですが、それは前向きに終わることが出来るのではと思っています。