2011年10月22日土曜日

もう少しで年賀状ですが

もうそろそろ年賀状が発売される時期ですね。

毎年年賀状を書いてきました。そんな折、年賀状について色々な意見を読んだのですが、受け取る側の意見で、こんなものがありました。

「年賀状が来たところでお義理に過ぎないから迷惑である」
「年賀状だけの付き合いは不自然だ」

ハガキでの年賀状が少なくなってきていることは誰しもが知っていることだと思います。
それは、ずっと続けてきた人でも、やめてしまう人がいるということを意味していると思うのです。私は、そんな時代の流れに取り残されたとしても年賀状を書き続けていきたい。

でも、相手から迷惑だと思われているとしたら?相手から不自然だと思われているとしたら?

2ヶ月も前から必死になって書かなければ書き切れない年賀状は、正直自分でも持て余すぐらいです。その上、その年賀状が迷惑とか不自然とか思われているとすれば、それを出すのは却ってよろしくないと思うのです。それなら、そんな年賀状を書かなくてもいいのではないか。

暑中見舞いの折、書く人をずいぶん減らしました。何の音沙汰もないような人、顔も出会いも忘れてしまった、ずっと会っていないような人には、メールを入れた程度か、もしかすると挨拶すらしていないかもしれません。別にそれで、日常が変わったような気はしませんでした。いつもの人からいつものとおりに返ってくる暑中見舞いがあっただけ。

音沙汰もなく、あってもいない人に年賀状を書くのは、未練なのかも知れません。もう切れてしまっている絆を残そうとする、無駄な努力なのでしょう。そんな未練たらたらを続けるぐらいなら、いっそバッサリ捨ててしまおう…暑中見舞いの時に思ったことを、年賀状でも続けていこうと思います。

今ある絆を大切に、もう切れた絆は気にせずに。年賀状の発売まで、後2週間ほどです。

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