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2016年4月16日土曜日

人間関係の整理

今年は、もう嫌われた人に固執しないということで、人間関係をどんどん整理している。目を背けていたが、ほとんどの人に好かれず、敵のほうが多い人生を送っているという事実は、やはり否定できないものだった。

2016年1月10日日曜日

信憑性の高いこと

反省という言葉は
信憑性が高い
次回以降に生かされないという意味で

心配という言葉は
信憑性が高い
全く気にも留めていないという意味で

大切という言葉は
信憑性が高い
蔑ろにしているという意味で

海に飲み水がほとんどないように
人の中に信頼に足る人はほとんどいない
態度で行為を示してくれるごく僅かの人だけ

悪意という言葉は
信憑性が高い
多くの人が自分に向けているという意味で

嫌悪という言葉は
信憑性が高い
自分に対する人からの評価という意味で

孤独という言葉は
信憑性が高い
私自身のこととして

人間不信は
信憑性が高い
私が多くの人から学んだ事実として

2016年1月5日火曜日

正月の教え

毎年正月には
学びたくもないのに
多くを教えてくれることがある
概ねそれは負のもので
だから私は正月を好きとは言いづらい

年がら年中
その烙印は押されているのだろうけれど
特に正月には
その烙印を強く感じる
年が改まり
新たに押されているのだろうか

正月は吹雪だ
どれほど綺麗な初日の出で
どれほど一日中快晴であっても
正月は吹雪だ

正月は吹雪を教えてくれる
私は学ぶ気がないし
これまで抵抗もしてきたけれど
今年はもう抵抗する気もなくなった
そんな教えをもたらす正月なのだから
本当の吹雪の中で寝る温かさや楽しみを
与えてくれてもいいんじゃないのかな



2015年12月15日火曜日

便箋で送る年賀状

年賀状を書き終え、毎年のように、今日、投函しました。
昨年よりも40通ほど減らして103通を、手書きしました。

40通ほど減らしたのは、返事がなかった人です。返事がないということは、返事を送る価値すらないと思われている証明ですから、そんな人に送ったところで迷惑になるだけ、と出すのを止めました。
不思議なことに、ここ1年会ったことのある人が多いのは、嫌々ながら付き合ってくれたということなのでしょうかね。

2015年9月3日木曜日

嫌われて嫌われて得たもの

先日、可愛がっていた後輩から、もう付き合うのはたくさんだという旨の連絡がきました。私がどうこう言うこともできませんから、わかったと答える他ありませんでした。

2015年5月26日火曜日

「返事なし」「声掛けない」は「大切にする」か

個人的に、非常に滑稽に思っていることの一つとして、「人とのつながりを大切にしています」とか「人との交流が好きです」とか言っている人でも、ちっとも返事も声掛けもないもんだ、というのがあります。

2014年8月29日金曜日

キッテデカを読み終えて

第1巻を買ってから楽しみにしていた漫画、キッテデカの第2巻が発売され、届いたので早速読みました。
何度か、知っている切手も出てきましたが、それ以上に、郵便に関することを色々教えてくれた漫画です。

2014年8月13日水曜日

かけがえのなさ

自分のうつ病が一番重かった頃、最も救いになったのは、私がかけがえのないものだということを知らしめてくれた言葉でした。「お前がいないと俺が悲しいんだから」と言う、単純な言葉ですが、それが自分を最もかけがえのない存在たらしめ、自分を生かしてくれたのだと思います。

2014年6月13日金曜日

潮時の勧告

せっかくの趣味の世界でも、誰にも話しかけてもらえもせず、誰にも無視され、いらぬものとして扱われるのであれば潮時ではあるまいか。最近、そんなふうに感じます。万年筆に対する興味も知識も失ってはいないけれど、私はもう、引退せよと、囁かれているようにしか思えないのです。

2014年4月6日日曜日

別れの時の「素直」に

素直なんて 自分には遠くて
それでもそう言われることがあるから
いつも不思議で

偏屈で 頑固で ひねくれて
そんな自分だから 素直なんて似合わない
厳しくて 意地悪で うっとうしいから
素直なんて言葉が似合うはずがない

好かれることより
嫌われる事のほうが多い
好こうとしても
嫌われてしまうような
そんな日々を送ってきたから
自分が素直だなんて
信じられるはずもなく

自分から嫌うことより
嫌われてしまうことのほうが
ずっとずっと多い自分が
素直なんて呼ばれるとしたら
それはあくまでお世辞でしかない

そう思っていたのだけれど

別れ際
万感のこもった
「素直ながんばり」は
とてもお世辞には思えなかった
自分に不似合いといくら思っても
真実味のある言葉だった

その数日前
正直不仲である人に話題が飛んだ時
「貴方が嫌っているのではなく
向こうが一方的に嫌っている印象」
と見ぬいてくださった方だから
どんな偏屈な自分でも
素直な部分があったのではと思えて

素直だなんて今も言えやしない
それでも素直と受け取ってくれた
毎日会わなくなった
お世話になった方に
心から感謝を送りたい
何もできない代わりにはならないけれど

2014年3月16日日曜日

節目のお祝いを贈る

自分と親しくしてくれる人や、慕ってくれる人、かわいがってくれる人には、こちらからもきちんと心を尽くしたいものです。私があげられるのは心だけだけれども、節目節目に、贈り物を渡すことで、その一端だけでも表現できればと思っています。 

2014年3月9日日曜日

2つの趣味をやる一日(後編) AtCoder講義

3月9日は、午前中SIMPLOという若い方の集まる万年筆の会合に出席し、午後はAtCoder社長高橋直大氏の講義に出席するという、二足のわらじを履く日でした。午前中はアナログな万年筆の話で盛り上がり、午後は競技プログラミングの話をするというすごい日でした。その午後編の報告です。

2つの趣味をやる一日(前編) SIMPLO/万年筆

3月9日は、午前中SIMPLOという若い方の集まる万年筆の会合に出席し、午後はAtCoder社長高橋直大氏の講義に出席するという、二足のわらじを履く日でした。午前中はアナログな万年筆の話で盛り上がり、午後は競技プログラミングの話をするというすごい日でした。その午前編の報告です。

2014年2月5日水曜日

幸せを返す

最近は不運な出来事で踏んだり蹴ったり殴られたりです。電車/飛行機に乗る度に行きか帰りは時間単位で遅れが出るわ、注文したPCに部品を接続したら2回目以降電源が入らなくなるわ、色々と投げている連絡は直前まで返らないわ、私が一体何をしたのか、と言いたくなるような、そんな事ばかりです。イライラもつのり、周りにそれをぶつけてしまっていないか心配です。

しかし、そういう時期があれば、またもっと楽しい時期もあるのかな、と思っています。丁度、このあとは色々と楽しい出来事が予定されているので、そこが幸せが返ってくる時なのかな、と。こんなふうに「幸せ」というのは、返ってくるというか、自分が一時的に持っていてまた返してというような、そういう物なんだと、割と一般に考えられているように思います。


2014年1月17日金曜日

語り継ぎ 伝え 残そう

毎年、この日には似たような記事を書いていますが、今年もまた、同じような記事を書きます。

2014年1月1日水曜日

2014年新年の挨拶

あけましておめでとうございます。
更新頻度も月2回程度とずいぶん少なくなりましたが、本年も当ブログをよろしくお願いいたします。

2013年12月17日火曜日

意見は建設的に

7,8年前ぐらいから、"汚い"言葉を出来るだけ使わないようにしてきました。自分 自身がそうあろうと思ったのもありますし、周りの友人たちが「達哉んには汚い言葉は似合わない。ちょっと済ましているぐらいでも良いから、丁寧な言葉を 使った方が似合う」といってくれたのもあると思います。そのおかげかどうか分かりませんが、最近は言葉遣いが優しいなどといわれることもあって、うれしく 思っています。そしてそんな中で、もう一つ心がけようと思っている事があります。それは、意見を言うときには建設的に言おう、ということです。

2013年12月7日土曜日

歩けない日

歩く道が見えず
歩く術も持たず
歩く心も折れて
歩く友は遠く
うずくまるその日

道歩いて幾星霜
幾線の道に出会えど
同じ道行く人はおらず
他の道を羨む

羨む思いに
愛せる人を見て
道に焦がれ泣く
連れ去られ
忘れた寂しさに
涙が心を形作る

止まりたい
留まりたい
共にいたい
振り切るように
背を押され
勇者を強要される

強者でない自分捨て
強者たる愛する人に
願い叶うわけもなく

歩けない日
歩かされ
いよいよ先は
涙待つよりほかになし
歩けない日
倒れこんでしまい
眠ってしまいたい
孤独の凍え

2013年10月6日日曜日

秋の夜の寂しさ

秋の夜が寂しいものと感じるようになって、もう10年になります。一番つらかった5年前の秋を経験してからは、秋の夜、特に今の時期の夜は、泣きたいぐらいで済むならマシな方で、もっと辛いように思える夜もあります。

2013年8月19日月曜日

近づく秋

暑中見舞い・残暑見舞いを出し終えました。およそ1ヶ月、約60通全て、心をこめて認めました。梅雨明けしたと騒いでいた時期から書き始め、立秋を超えて、コオロギやスズムシの声が聞こえる今、出し終えました。