いつだったか、プログラマーへ100の質問か何かに挑戦したとき、数学ができないプログラマーをどう思うかという問がありました。それに対して、アルゴリズムを立てられないほど数学ができないのは困るのでは、と答えた記憶があります。
その後、数学ができないとアルゴリズムでも困る例はどんなものかと考えてみたのです。
2011年9月30日金曜日
差し伸べた手
友好を求めて
差し伸べた手が
振り払われるのは
いつの時代にも
ずっとあることなのだろう
警戒かもしれないし
多忙かもしれないし
故意かもしれないし
恥じらいかもはれない
差し伸べた手を
振り払われたとき
余程に故意であると
そう思わなかったなら
アプローチのために
もう一度踏み出せ
手をもう一度
差し伸べよ
差し伸べた手が
振り払われるのは
たまにある
でも
それで諦めずに
もう一度手を差し伸べて
生きるまでの間
一人では寂しすぎるから
友好の為の手を
自分は振り払わぬよう
それに気をつけて
手を差し伸べたとき
自分が振り払われるのは嫌だ
だから自分は差し伸べられたら
それを振り払わぬよう気をつけて
それは個人だけではなく
国の間でもそうだから
手をよく見よ
相手は友好の手を
差し伸べていないかと
差し伸べた手が
振り払われるのは
いつの時代にも
ずっとあることなのだろう
警戒かもしれないし
多忙かもしれないし
故意かもしれないし
恥じらいかもはれない
差し伸べた手を
振り払われたとき
余程に故意であると
そう思わなかったなら
アプローチのために
もう一度踏み出せ
手をもう一度
差し伸べよ
差し伸べた手が
振り払われるのは
たまにある
でも
それで諦めずに
もう一度手を差し伸べて
生きるまでの間
一人では寂しすぎるから
友好の為の手を
自分は振り払わぬよう
それに気をつけて
手を差し伸べたとき
自分が振り払われるのは嫌だ
だから自分は差し伸べられたら
それを振り払わぬよう気をつけて
それは個人だけではなく
国の間でもそうだから
手をよく見よ
相手は友好の手を
差し伸べていないかと
2011年9月29日木曜日
"So average"の意味するところ 中島みゆき歌詞の解釈(8)
今回から、中島みゆきの歌詞の解釈、のタイトルを変更し、曲タイトルではなく、その解釈の上でのタイトルに変更します。
中島みゆきは、自分の歌詞の解釈を聞き手に任せます。それは、私にとって嬉しいことであり、私もその精神に則って、自分なりの解釈をしていこうと思います。
解釈は人によっても異なりますが、時によって異なり、心によって異なり、状況によって異なるものであると思います。同じ曲を複数回出すこともあるかも知れませんが、それは状況や時が変えたということと考えてください。
ご無沙汰していましたが、第8回は「群衆」です。歌詞はこちら。
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