2050年12月31日土曜日

(未来日付での投稿)C言語テキスト&問題集を執筆しました!

タイトルの通り、C言語テキスト&問題集を執筆しました!
2012年9月25日に理論編(C言語テキスト)を、
2016年2月9日に実習編(C言語問題集)を執筆完了しました。

以下で公開していますので、よろしければごらんください!

2017年8月11日金曜日

往く祖父と帰る祖母に

祖父は無事に天国についたか
満中陰を迎えた頃は盆
旦那を見送った祖母の姿を見ながら
きっと帰ってきているもう一人の祖母をも偲ぶ

故郷で時は少し淀み
そしてまた流れ出した
心の鬼籍に入った多くの人
本当の鬼籍に入った祖父
未練を一つ一つ減らしながら

法要の帰り道
嘗ての祖母の家の前を通り
通った母校の前を通り
以前の自分の蔭を感じながら
今の自分の歩みをすすめる

話せる人を鬼籍に入れることなく
満足で不足ない時間が続けば一番でも
それは叶うことではない
双肩の荷は重く
前の道はいよいよ遠く
しかし縁はいつか薄れて

万事気嫌よく
大師匠の理想は
私にはまだ及ぶべくない境地
けれどもせめて
私に関ってくれる人をすべて愛して
私はその理想へ歩みたい

歩む不安に
ふと祖父が笑った気がした
ふと祖母が抱きしめてくれた気がした

祖父は天国にたどり着いただろうか
祖母は私の噺を聞いてくれただろうか
私に見えずともきっとそうだと信じている

この道に縁のある全ての人に気嫌よく
そう歩めるよう
本当の鬼籍に入った二人に
見守っていてもらいたい静かな夜

2017年3月31日金曜日

初高座によせて ~落語を始めたワケと高座への意気込みを託して~

自分よりできた人に囲まれて
自分より優秀な人に囲まれて
自分を小さく感じる独りの夜

劣る自分の行く道に
漠とした不安だけしか見出せず
歩みを止めたくなる独りの夜

前へ歩むのは怖いことだ
今この瞬間に安住したい
流れる時を止める術などないのに
安心の今を永遠にと
後ろを向いている

旅立つ若人に声援を
伴侶見つけた友に祝言を
大役全うした先達に気遣いを
関わる全ての人に心を贈るも
私はなんだか気後れしていて

臆病で卑小だから不安を拭えはしないだろう
蒙昧で暗愚だから道に光は見出せぬだろう
立派に歩む人に煌々と輝く光に
自分の道はいよいよその漆黒を顕にする

だから私は笑顔を求めた
自身に留まらぬ周囲の笑顔を
だから私は声を求めた
自身からに留まらぬ周囲からの声を

道の暗さは変わらない
それでも笑顔と笑い声があるなら
まだ幾分か歩みやすいかもしれない

笑い噺を聞き始めた
我が門に福が来るように
笑い噺をやり始めた
道角に福が来るように

私に関わってくれる全ての人に
笑いを届けたい
その笑いが自分の暗さを吹き飛ばしてくれるように

私に関わってくれる全ての人に
心からの声を届けたい
それがいつか自分への心の声に転じるように

自分にお似合いの馬鹿噺を
初めて大勢の人に聞いてもらえる

今、笑いの仮面をつけよう
それがいつか自分の顔になると信じて
周囲を楽しませることは勿論
それが自分の道を照らすと信じて

<お知らせ>
達哉んは素人落語家「喜笑亭 算茶子(きしょうてい さんざし)」として、桂文之助落語塾発表会で初高座になります。皆様のお運びをお待ち申し上げております。

2017年1月23日月曜日

叱られたような気がして

私なんかより、ずっとずっと優秀で素敵な若人たちに、多くお会いして、嬉しく楽しい時間を過ごさせていただいています。私があげられているのはただ優しさだけなのに、もらっているものは多く、私には本当に過ぎた方々だと思っております。

2016年12月31日土曜日

2016年も終わりますね

2016年も、もう少しで終わりですね。毎年、その年の終わりになると色々なことが思い出されるものですが、今年は、正直言って、あまり嬉しい年ではありませんでした。

嬉しい年でないといえ、別に嬉しいことが全く無かった年というわけではありません。出会いもいくつかありましたし、全く笑顔でなかったというわけでもありません。そういう意味では、日々下を向いていた、20歳の頃よりは、まだマシなのかもしれません。

それでも、今年は…どう控えめに見ても、私には嬉しいと思えぬ年でした。何より、今年にあった縁切りが非常に大きかったのです。自分の中で大きなウェイトを占めていた縁が切られ、狂おしく思う日も少なからずでした。他の様々なよろしくないことも合わさっていたというのもありましょう。5月以後ぐらいでしょうか、ふと気づくと、暗い自分というのが、以前より少々大きくなったように感じるようになりました。10月よりこちらは、鬱々とした思いにとらわれることも何度かありました。

周囲の人には、幸せな人も多くいます。進路が決まった、結婚した、良い成績をおさめた…そういう話を耳にするたびに、それを素敵なことだと喜ぶ自分がいて、比較した自分の情けなさを感じる自分がいます。皆うまくやってる、前に進んでいる。なのに自分は、むしろ後退しているようで、進めるだけのものも持たず、一人、迷い人のよう。自分はどうなるんだろう、自分は何になりたいんだろう、自分は如何に生きていきたいんだろう…答えが得られるはずのない問が益々重くのしかかってきました。

そんな暗い自分とは裏腹に、今年は落語を聞き・習い始めた年でした。心のアイソスタシーとでも申しましょうか、以前より明るい自分がはっきりとして、暗い自分もはっきりとしたように、そう感じました。霜月、落語を話し、帰って年賀状を書く。前の"陽"の自分と、後の"陰"の自分が、これほどはっきり意識されたのは今年がはじめてでした。普段私と出会っている人が見ている"陽"の自分の心を、"陰"の自分が静かに…しかし全力を以って込めた年賀状は、明日、皆様に届くことでしょう。それがひとりひとりの心に届いたのであれば、まだ救われるようにも思います。

ふと気づくと、辛かった年に始めた趣味は、紅茶もプログラミングも手紙も中島みゆきも、どれも長く深くハマっているから、この落語も長く深くなってゆく趣味でしょうか。今のところ大好きで、2017年はよリその世界を広めたいと思っていますから、それを軸に、今年より、良い年にしたいものです。

新年。冬来たりなば春遠からじの言葉の通り、寒い年の後の温かい年であることを祈ります。

2016年7月31日日曜日

「数式は読めません」「プログラムは読めません」の恥

Twitterを眺めていて、興味深いお話がありました。
数式アレルギーの人がぐちゃぐちゃ言い訳しているのを、「それで良しとするな」と言っているお話で、「○○言語プログラミングレッスン」「数学ガール」等々で有名な結城先生のツイートです。
http://rentwi.textfile.org/?759297917043609600s

この話の中で、数式は言葉であるという話が出ており、それと同じことは、例えば気象予報士の真壁京子氏も自著等で書いていることです。これらを見て私が思うことです。

2016年6月18日土曜日

プログラミングコンテストの非公式オンサイトを検討しています

プログラミングコンテストの、非公式オンサイトをやるかと考えています。6月24日までで、以下の内容のアンケートをとっていますので(Twitter)、興味のある方は投票ください。


それなりに集まっているので、興味深いです。

元ツイートは以下の通り↓
https://twitter.com/tatuyan_edson/status/743795046084837376

2016年5月1日日曜日

"Competitive Programming 3"翻訳企画

競技プログラミングの本といえば、邦書では「プログラミングコンテストチャレンジブック」「最強催促アルゴリズマー養成講座」「プログラミングコンテスト攻略のためのアルゴリズムとデータ構造」などが有名です。近年、このジャンルの書籍の出版はめざましく、私が競技にはじめて参加した2005年からすると今昔の感を禁じえません。10年一昔を地で行っているお話と思います。

さて、このジャンルの本には、洋書にも多くのものがあると聞きますが、UVa Online Judgeで紹介されているCompetitive Programming 3は内容も充実しており、非常に良い本であると思います。

この、"Competitive Programming 3"翻訳企画をこの度立ち上げました!

翻訳して、出版あるいは公開にこぎつけられれば、と思っています。
また、この本の活動を通じて、日本の競技プログラミングに良い影響を与えると共に、その成果物が日本の競技プログラミングのさらなる飛躍に寄与するものになるように、とも願います。

興味のある方、ぜひご参加ください!

2016年4月16日土曜日

rm -rf /というミス

非常に興味深い記事がありました。

レンタルサーバ業者が、バックアップ含め、全てのデータを削除してしまったというお話です。
http://business.newsln.jp/news/201604151116100000.html

とても簡単に説明すると「今パソコンに認識されている全ディスクの内容を、システムもデータも何もかもすべて強制的に削除する」というコマンドですね。
もう少し詳しい説明は以下に。
http://ivystar.jp/os/linux/魔のコマンド「rm-rf-」を唱えてしまったとは/

私もミスでやったことがあり、復旧できるはずもなく泣く泣く再度構築したのを覚えています。バックアップデータは、物理的に「つなげていない」ディスクに入れているのでだいぶマシでしたが…。

人間関係の整理

今年は、もう嫌われた人に固執しないということで、人間関係をどんどん整理している。目を背けていたが、ほとんどの人に好かれず、敵のほうが多い人生を送っているという事実は、やはり否定できないものだった。

2016年2月16日火曜日

私が万年筆の世界をやめた理由

2015年の5月以来、私は万年筆関連の催しに行くのをやめました。その、正直な気持ちを、書いておきたいと思います。

私は、万年筆が今でも好きです。同好の士と話ができればいいな、と思うこともあります。けれども、同好の士の集まりに行ったところで、私は一人ぼっちになるだけです。誰かに話しかけても、盛り上がることもなく終わるだけ。誰かから話しかけられることもない。ここ2〜3年の大抵の会では、ほとんど窓際に一人でぽつんといたように思います。
初めて参加した人には優しいような会であっても、一人でぽつんといる私を入れてもらえるような会はありませんでしたし、そもそも私が最初に入った時は、そんな雰囲気でもなかったようにも感じていました。

そんな会では、自己紹介をして、相手に名前さえ告げてもらえず去られたことも、一度や二度ではありませんでした。
実際に会って話すのは難しいから、せめてお手紙でもと送った手紙は、たとえSNS等で繋がっていようと一切何の返事もないままで、話すことすら拒まれる有り様でした。
SNSで話しかけたところで、返事をしてくれる人さえ稀でした。

2015年の後半、何度か面白そうなイベントを見かけました。比較的近くで、自分も参加できそうな場所でのイベントも多くありました。それでも、私は一人ぼっちで寂しい思いをするのではないかと思うと、一人で行く気にはなりませんでした。
だから、「誰かが誘ってくれれば行こう」と思っていました。
勿論、そんな誘いが来ることはなく、私は、万年筆の世界で本当に一人ぼっちで、誰からも好かれていなかったのだな、と思い知りました。

万年筆のことが好きで、色々な活動もしてきた。
裾野を広げようと、自分のできる試行錯誤をしてきた。
そうして、少し変わった世界は、なるほど自分の思想が、少し反映されたような気がする世界だった。
でも、私は、その世界には入れてもらえなかった。
私が目標としてきた世界は、私を受け入れてはくれない世界だった。

そんな状況でしたから、私は万年筆の世界に行くたびに孤独を感じていました。
居場所がない、誰にも必要とされない、白い目ばかりを向けられる…そんな感じにしか思えませんでした。
独りぼっちの中で、万年筆への思いは、冷めていくばかりでした。

私は、これ以上孤独を味わいたくなかったし、万年筆を嫌いにもなりたくなかった。だから、万年筆の世界から退くことにしたのです。

少しは、肩を触れ合った人もいるから…私は、ここにこうして、理由を示しておきたいと思います。

こういう寒さを感じて、万年筆の世界を去る人が減るよう、春が訪れることを祈っています。

2016年1月10日日曜日

信憑性の高いこと

反省という言葉は
信憑性が高い
次回以降に生かされないという意味で

心配という言葉は
信憑性が高い
全く気にも留めていないという意味で

大切という言葉は
信憑性が高い
蔑ろにしているという意味で

海に飲み水がほとんどないように
人の中に信頼に足る人はほとんどいない
態度で行為を示してくれるごく僅かの人だけ

悪意という言葉は
信憑性が高い
多くの人が自分に向けているという意味で

嫌悪という言葉は
信憑性が高い
自分に対する人からの評価という意味で

孤独という言葉は
信憑性が高い
私自身のこととして

人間不信は
信憑性が高い
私が多くの人から学んだ事実として

2016年1月5日火曜日

正月の教え

毎年正月には
学びたくもないのに
多くを教えてくれることがある
概ねそれは負のもので
だから私は正月を好きとは言いづらい

年がら年中
その烙印は押されているのだろうけれど
特に正月には
その烙印を強く感じる
年が改まり
新たに押されているのだろうか

正月は吹雪だ
どれほど綺麗な初日の出で
どれほど一日中快晴であっても
正月は吹雪だ

正月は吹雪を教えてくれる
私は学ぶ気がないし
これまで抵抗もしてきたけれど
今年はもう抵抗する気もなくなった
そんな教えをもたらす正月なのだから
本当の吹雪の中で寝る温かさや楽しみを
与えてくれてもいいんじゃないのかな



2015年12月15日火曜日

便箋で送る年賀状

年賀状を書き終え、毎年のように、今日、投函しました。
昨年よりも40通ほど減らして103通を、手書きしました。

40通ほど減らしたのは、返事がなかった人です。返事がないということは、返事を送る価値すらないと思われている証明ですから、そんな人に送ったところで迷惑になるだけ、と出すのを止めました。
不思議なことに、ここ1年会ったことのある人が多いのは、嫌々ながら付き合ってくれたということなのでしょうかね。

2015年10月11日日曜日

来た道

来た道を振り返れば
一度交わった道は遠くになり
声も返らぬほどになった

来た道を振り返れば
今でも声の届くつもりでいた殆どの道が
もう見えないところだった

風景の変わり目は
過ぎ去りし時間を感じさせる
心の風景もまた
もう会えぬ道を感じさせる

この時代に
声の返らない程遠いなら
それはもう交わる気がない道
一度交わった直線同士が
二度交わらないように

認めたくなくて
しがみついていたけど
もう一度交わると
信じていようとしたけれど

離れる道ばかり

涙は止まらないかもしれない
心は通夜か葬式かもしれない
それでも もう辛すぎるから

鬼籍に名を連ねよう
もう会えない事実を受け入れて
鬼籍に名を連ねよう
嫌われた事実を受け入れて

一人なんだから
好いてくれる人なんて ほんの僅かだから

2015年9月3日木曜日

嫌われて嫌われて得たもの

先日、可愛がっていた後輩から、もう付き合うのはたくさんだという旨の連絡がきました。私がどうこう言うこともできませんから、わかったと答える他ありませんでした。

2015年7月11日土曜日

超勤分で人を雇ったほうが安いんじゃないの?

労働関連のお話を読んでいて思うことなのですが、超勤分でもう一人人員を増やしたほうが安いんじゃないのかな?と思うことがあります。

2015年6月23日火曜日

Linux Mint17においてSynpaseがSegmentation Faultを起こす問題の対処

漸く解決しました。

Linux Mint 17に変えてから、お気に入りのSynapseはSegmentation Faultを吐くようになったため、kupferを使っていました。が、何回目かの調査で漸く動かす方法を発見し、動かせるように…。

ximが悪さをしているようなので、その設定ファイルを削除し
rm ~/.xinputrc
im-configを起動して、ibusに自動設定します。
im-config
(GUI操作)
後は、ログアウト→ログインとしてやれば良いようです。

Manjaro LinuxのMate版でも同じ問題がでているので、こっちについても試してみる予定。追って、追記して報告します。

追記:日本語の設定に従って、fcitxに設定するだけで問題なく動きました。
インプットメソッドをきちんと指定していない時に勝手に読み込もうとするというバグかな?

2015年6月19日金曜日

水準を変えて跳ね返る

インターネットの様々な記事を見ていて、"DQN"なるものがどうのこうのという記事が昔からよく目につきます。とりわけ、SNSなどで「いいね!」等を押すことで(気になるような書き方をした記事の)続き・結末を読ませるという、別目的がありそうなサイトでは、こういった記事が多数散見されます。「大事」とか「面白い」とか「義憤」で広めるのは個々人の勝手ですが、そこに思うことがあります。

水準を変えると、自分に跳ね返ってくるのではないのか、と。

2015年5月26日火曜日

「返事なし」「声掛けない」は「大切にする」か

個人的に、非常に滑稽に思っていることの一つとして、「人とのつながりを大切にしています」とか「人との交流が好きです」とか言っている人でも、ちっとも返事も声掛けもないもんだ、というのがあります。