2012年1月12日木曜日

内海隆一郎を読む 第1回 「欅通りの人びと」(1)

短編が得意な内海隆一郎氏の作品には珍しい長編で、1994年の1月から2月にかけて、NHKでドラマ化された作品が「欅通りの人びと」です。今回、この連載を始めるにあたって、ドラマ化した作品などから書いたほうがいいだろうと思い、この作品を手にとりました。



内海氏の作品にしばしば現れる欅は、市井の人々のよりどころであり、また街の風景でもあります。それを名前に使った欅通りの幾つかのストーリーを織り交ぜるように書いた作品です。

第1章:物語の始まりは、小田さんと男の子、健治くんとの出会いです。昔からありそうな自転車屋に、これまたありそうな一風景が舞台なのです。しかし、その風景には少し異変が起こっていました。健治くんの父が2日も家を空けたのです。
…この作品に至るまで幾つも内海隆一郎氏の作品を呼んでいた私としては、いつもどおりの風景を書いたような気がしたのですが、これがまだまだ発展するのがこの作品です。いつもの作品なら、時間軸は長くて1週間なのですが、この作品の時間軸はもっと長いのです。幕開けから「いつもどおり」と思いながら、いつもの「人びとの○○」シリーズだと一話読み終えているほどのページ数なのが驚きです。

第2章:カメラがドラマの場面を切り替えるように、視点は喫茶店「ロンド」へとうつります。「ロンド」の常連でいつも犬を連れてきているお客さんがいたのですが、その犬はずいぶん年老いていました。その犬が亡くなる前後の出来事です…。小田さんと男の子が、今度は背景に写っているような感じで出てきます。
…この章だけで一つの話として完結していると思える内容の章です。他の作品に、犬を買った時の思い出から、今亡くなった犬を偲び、そしてその犬の親切を思い出す…なんてあっても不思議ではありません。その中に効果的に書かれた欅通りの様子が、この長編小説の幹です。

第3章:舞台は引き続き「ロンド」。その中で若い男女が結婚に向けての困りごとを話しています。すると、常連の香川さんや石川さんが来て…。読んでいる時、この二人に幸あれと思いましたし、同時に内海さんのことだから、幸せにして終わるのではないかと予想しました。そしてまた、語り手は自転車屋に目を向けます。自転車屋には、父がちっとも帰ってこなくて、さぞ心細い思いをしているであろう男の子が訪ねてきていたのでした。
…このあとの話で最も重要な部分、全ての始まりです。第1章、第2章は紹介のようなもので、物語はここから始まるというのが正確であるように思います。幾つかの問題提起があって、提起された問題がこのあとの話でどう解決されていくのか楽しみになる章です。

第4章:そして男の子と小田さんとの生活が始まるのです。男の子と小田さんが打ち解けていくのが見られます。大変微笑ましく、非常に温かい場面です。その後、また場面はロンドに移り、さっきの男女の女性のほうが女主人と話をしています。「生活が苦しくなるからって、赤ちゃんを犠牲にしては、ぜったいにだめよ」、昔読んだ中絶の話で、中絶した後にその女の人が夫に向かって人殺しと叫んだというものがありましたが、そのことを思い出しました。赤ちゃんを犠牲にすることは、非常に大きな意味を持つのだと思いかえせる言葉です。
…起承転結で言えば、このあたりから承に入ります。日常の風景を書くことの多い内海さんの作品でも、とりわけ日常的な、日常の中の日常というか、最もありふれているのではないかと思えるような場面です。この場面の続きがどうなるか、焦らされるとも言えます。

次回は、同じ本の5章から9章を読もうと思います。以下、10章から14章、15章から18章と、読み進めて行きます。次回をお楽しみに。

※ 「欅通りの人びと」は、講談社文庫にも収められています。



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