2015年6月23日火曜日

Linux Mint17においてSynpaseがSegmentation Faultを起こす問題の対処

漸く解決しました。

Linux Mint 17に変えてから、お気に入りのSynapseはSegmentation Faultを吐くようになったため、kupferを使っていました。が、何回目かの調査で漸く動かす方法を発見し、動かせるように…。

ximが悪さをしているようなので、その設定ファイルを削除し
rm ~/.xinputrc
im-configを起動して、ibusに自動設定します。
im-config
(GUI操作)
後は、ログアウト→ログインとしてやれば良いようです。

Manjaro LinuxのMate版でも同じ問題がでているので、こっちについても試してみる予定。追って、追記して報告します。

追記:日本語の設定に従って、fcitxに設定するだけで問題なく動きました。
インプットメソッドをきちんと指定していない時に勝手に読み込もうとするというバグかな?

2015年6月19日金曜日

水準を変えて跳ね返る

インターネットの様々な記事を見ていて、"DQN"なるものがどうのこうのという記事が昔からよく目につきます。とりわけ、SNSなどで「いいね!」等を押すことで(気になるような書き方をした記事の)続き・結末を読ませるという、別目的がありそうなサイトでは、こういった記事が多数散見されます。「大事」とか「面白い」とか「義憤」で広めるのは個々人の勝手ですが、そこに思うことがあります。

水準を変えると、自分に跳ね返ってくるのではないのか、と。

2015年5月26日火曜日

「返事なし」「声掛けない」は「大切にする」か

個人的に、非常に滑稽に思っていることの一つとして、「人とのつながりを大切にしています」とか「人との交流が好きです」とか言っている人でも、ちっとも返事も声掛けもないもんだ、というのがあります。

2015年5月13日水曜日

万年筆でProject Euler 問題1

書画カメラを買ったので、せっかくだし、万年筆を活かした何かをやろうと思いました。と言っても、文学的な活動はよく行われているので、私は数学的な活動を行うことにしました。ただ、数学的な活動は苦手という方も多いので、あまり専門的になりすぎるのもよくありません。

ということで、ちょっとした遊び程度の、「誰でもわかるレベルの数学」を万年筆で、という企画にしようと考えました。具体的には、Project Euler(日本語ページ)の問題を万年筆で解こうという試みです。せっかくですから、みなさんも、同じように試してみてください。


今回は、ソースは乗せませんが、場合によってはプログラムを援用するかもしれません。

みなさんも、萬年筆で数式、楽しみませんか?

2015年1月17日土曜日

20年

20年。命のリレーと共に心や教訓もリレーしていこう。幸せ運べるように。

20年。覚えている記憶がわずかでも、その記憶を伝えていこう。未来の幸せのために。

20年。知らぬ人に知らせよう。あなどるなかれ、自然の脅威を。

20年。未だ復興至らぬ人あり。やがての防災の充実がその一助となれば良いのだが。

20年。時代は回り、知らぬ人も増えた。こんな時代もあったと伝えよう。

20年。5歳の幼子は25となった。おそらく記憶ある最年少の世代、いつまで語り手となれるか。

20年。灯火の祈りの発端に、思いを馳せる契機。知らぬ人、それを知り歩んで欲しい。

20年。忘却には十分なときか。痛み、傷、恐怖。忘れられるものだろうか。

20年。聞く曲は言う。絆による復興と、生きていく大切さを。

20年。知る人よ、伝えていこう。私達の心を、幸せ運べるように。

2014年11月24日月曜日

年賀状・手紙エッセイに連なるrootの言葉

先日、知人が声をかけてくれた手紙に関するエッセイに参加しました。その他のエッセイ等もあり多忙ではありましたが、自費出版ながら良い仕上がりだったと嬉しくなりました。一方、この時期はやはり年賀状を書いている時期です。そんな中、帰省して読んだ漫画に、今に至るまでの自分の根があると気づきました。女性向けの漫画ではありますが、暇を持て余した自分が、家中の本という本を読みあさり、その中で出会った言葉です。

2014年11月9日日曜日

年賀便箋を求めた結論

年賀状を葉書で出すことすら廃れてきている昨今。様々な通信技術により、年賀状はもう、過去の文化となり始めているのかもしれません。それでも私はこの風習が好きで、毎年毎年、迷惑になるかもしれないと思いながらも書き続けているのです。…一通も来ないより、一通ぐらい来たほうが、嬉しいんじゃないかな、って。あまり来ることはない自分だって、貰えれば嬉しいのだから。